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周辺ガイド

施設ピックアップ

須磨浦公園



山陽電車須磨浦公園駅周辺一帯の神戸市が管理・運営する面積約103.8haの公園。
歴史的には源平・一の谷の古戦場としても知られ、神戸市指定有形文化財の「敦盛塚」などの史跡があります。また、桜の名所としても知られ、神戸市の「花の名所50選」にも選ばれています。
→須磨浦公園ホームページ
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敦盛塚



山陽電車須磨浦公園駅から西へ徒歩約2分、須磨浦公園西側、三の谷の西、国道2号線沿いにある大きな五輪塔の石塔で、地上部の高さが約3.5mあります。この石塔は平敦盛の供養塔と言われて来ましたが、北条貞時が平家一門を供養するために、1286(弘安9)年に建立し、「あつめ塚」と言われたのが「あつもり塚」と呼ばれるようになった、という説もあります。
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鉢伏山、旗振山、鉄拐山、高倉山(おらが山)



鉢伏山(はちぶせやま、標高246m)
鉢(ハチ)を伏せた様な形状をしている海から一気にそそり立っています。
現在はロープウェイ、カーレーターを乗り継いで山頂付近には回転展望閣があります。
須磨浦公園駅から歩くと、急な登りで約30分かかります。
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旗振山(はたふりやま、標高252m)
鉢伏山から北方徒歩で約10分。
その昔大阪・堂島の米相場の情報を伝達した中継所、という言われから名付けられました。東西の素晴らしい見晴らしが広がります。
※須磨浦山上からの眺望が良い理由は、六甲山が西に没するところにある地形のためです。このような地形は大阪湾沿岸では他に類を見ません。
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鉄拐山(てっかいさん、標高234m)
旗振山から徒歩で約10分。途中に源平合戦・一の谷の坂落としで降りたとされる地点があり、道標が整備されています。
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高倉山(おらが山)(たかくらやま(おらがやま)、標高212.2m)
高倉山は通称「おらが山」とも呼ばれている。鉄拐山から徒歩で約10分。付近はウバメガシ(ブナ科)の群生林があります。高倉山(おらが山)には「おらが茶屋」があります。
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※鉢伏山〜旗振山〜鉄拐山〜高倉山(おらが山)のコースは六甲全山縦走路(須磨浦公園〜宝塚、約56キロ)のスタート部分にあり、秋(大会は毎年11月の第2日曜日と23日祝日に開催)には健脚で大いに賑わいます。

須磨観光ハウス 味と宿「花月(かげつ)」



山陽電車須磨浦公園駅の北側の山腹にある尖った屋根が目印。客室からは運行するロープウェイを見ることができます。同駅より徒歩約7分。敷地内の春の桜は見事です。
→須磨観光ハウス 味と宿「花(かげつホームページ
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須磨浦公園駐車場



須磨浦ロープウェイの乗り場の隣にあります。約200台収容。神戸市営で乗用車の駐車料金は、最初の1時間が400円、以後1時間ごとに200円加算されます。24時間営業。また、シーズン(桜、ゴールデンウィークなど)になると“待ち”が発生することがあります。
TEL : 078-734-1355
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須磨離宮公園



ベルサイユ宮殿を思わせる整形式の噴水庭園が最大の特徴。春・秋に180種4000株のバラが咲いて甘い香りに包まれ、季節によっては幻想的な噴水の夜間ライトアップが楽しめます。
また植物園が併設され、温室植物や梅・花菖蒲・あじさい・もみじなど四季折々の風景が楽しめるほか、子供の森アスレチックはファミリーに大人気。中門や石組みなどは約100年前の旧離宮の面影を残しています。
お子様からお年寄りまで、楽しさ満載の公園です。
→須磨離宮公園ホームページ
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【句碑群】播水(ばんすい)句碑



「下り佇てば(おりたてば)遅日(ちじつ)の淡路籬の上(かきのえ)に 播水」 昭和44年4月29日俳誌「九年母」500号記念に九年母会が主宰者・五十嵐播水の句碑を建立。播水は明治32年姫路に生まれ、ホトトギスの高浜虚子に師事しました。
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【句碑群】蕪村句碑



「春の海終日(ひねもす)のたりのたりかな 蕪村」 与謝蕪村(1716〜1783年)が、須磨の浦で詠んだものと言われています。 句碑は、高さ1.8メートル、幅1.5メートル、厚さ1メートル、重さ約5トンのひょうたん形の「どろかぶり」という仙台石です。
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【句碑群】芭蕉蝸牛句碑



「蝸牛(かたつむり)角ふりわけよ須磨明石 芭蕉」 江戸時代前期の俳人松尾芭蕉(1644〜94年)が元禄年間に須磨を訪ね、古くからの摂津と播磨の国境であった堺(境)川のほとりで作った句です。高さ約1m。
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【句碑群】子規・虚子師弟句碑



「虚子の東帰にことづてよ須磨の浦わに晝(ひる)寝すと 子規」 「子規50年忌 月を思ひ人を思ひて須磨にあり 虚子」 子規・虚子師弟の情誼(じょうぎ)に感激した元県議の酒井氏が昭和28年4月に建立。師弟碑というのは全国でも珍しく、碑面の文字はそれぞれ直筆です。
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安徳帝内裏跡



安徳天皇は平清盛の娘、建礼門院徳子を母として生まれ、壇の浦の戦いで平家滅亡とともに祖母二位尼に抱かれて海に身を投じた悲劇の幼帝。源氏に追われた安徳帝は平家に奉じられて上洛する途中、一の谷に一時内裏を置かれたと伝えられています。安徳天皇の冥福を祈ってこの地に安徳宮が祀られています。
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源平史蹟 戦の濱碑



一の谷から西一帯の海岸は一の谷の戦いの激戦地になったことから、「戦の濱」と言われ、須磨浦公園の東端に石碑があります。1184(寿永3) 年一の谷の戦い・坂落としがあったことにちなんで、毎年旧暦2月7日早朝には馬のいななきがきこえる、と地元では言われています。
→須磨観光協会ホームページ
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須磨寺(すまでら)


平安時代初め、漁師が和田岬の沖に引き上げた聖観音(しょうかんのん)像を、仁和2(886)年に聞鏡上人(もんきょうしょうにん)が須磨の地に移したことが始まりとされています。平敦盛遺愛の「青葉の笛」や「弁慶の鐘」さらに「敦盛首塚」や「義経腰掛の松」など、多数の重宝や史跡があります。毎月20日と21日には「お大師さん」と呼ばれる行事が開催されます。また、付近は古くからの門前町として知られています。
→須磨寺ホームページ
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現光寺(げんこうじ)


「源氏物語」の主人公光源氏の住居跡と伝えられ、昔は「源氏寺」と呼ばれていました。本堂には「源氏物語絵巻」の襖絵があります。寺の近くに「藩架(ませがき)」とか「ヤグラ」という字名が残されていたことにより、古代の須磨の関跡だとも言われています。
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